沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

 二十一世紀を迎えたというのに、あいかわらずラダイト運動めいた思想がはびこっている。技術文明を捨てて土と共に生きよ、自然と共生しろ、知識より知恵を学べという。
 それも結構だが、このエロスの画像のまわりを知りたいという私の欲求はどうしてくれる。これ以上根元的な欲求があるか。これを叶えなくて、どうすれば人間らしく生きられるというのだ。国民全員がハンバーガー一個ぶんの金を払えば新しい探査機が送り出せるというのに。

  • 背景 

 WOWOWのノンスクランブル枠で『ロケットガール』が放送中の野尻抱介の最新刊。

  • あらすじ 

 5つの短編。

  • 読み

 「轍のさきにあるもの」
 はやぶさで一躍有名になった*1小惑星帯の探査についてMEF(小天体探査フォーラム)で実際に行われた議論を元に書かれた作品。最初はエッセイなのかと思って読むと、気づけば軌道エレベーターが作られて、トントン拍子に太陽系開発が行われ、最後に六十代になった「小説家」はテレビの取材で小惑星エロスに到達する。 
 その途中に出てくるのが上に引用した独白である。奇しくも、この台詞は「片道切符」に出てくる次の台詞に対応する。

人間の最たる欲求ってのがなんだか知ってるか。食と性を除けば、他人の仕事にケチをつけることだ

 作者が根本に据えている欲は知識欲と言い換えることが出来るだろう。しかし、これは多くの人間にとっては最たる欲求ではない。 
 ならばどうするのか。クラークのように嘘をついて、みんなを騙せばいいんである。その中からはちゃんと通信衛星のような実用性に富むものが出てくる。
 私が抱く宇宙への夢が少しでも現実化するように、野尻抱介には今後とも魅力的な嘘をつき続けて欲しい。
蛇足:表紙イラストの上の方をよくよく見てみると、きちっと表題作の絵になっている。

*1:なったよね?