その2

http://d.hatena.ne.jp/youkiti/20070221の続き。
 昨日書いたのは、「より起こりやすい」ことを正しいとみなす考え方についてだった。
 健康に関する実験では、その方法が「起こりやすさ」=「再現性」をどのていど保証するかを決めており、それは下図のように分類できる。

  • 偉い先生の発言


 「あるある」がとっていた方法の一つ。ほにゃらら大学のほにゃらら医学博士が〜を食べると痩せると言っています、とかそういうの。貝原益軒の『養生訓』のたぐいなんかも含めていいだろう。過激なことでなければそれほど問題になることもない。ただし、これに全幅の信頼を寄せることは極めて危険。ちょっと考えてもらえば分かると思うが、オウム事件で信者がグルに帰依していた構図と全く同じである。
 要は、一見もっともらしい理屈を言っているように思えても、それが「風が吹けば桶屋が儲かる」式の理屈ではなく、信頼するに足る「再現性」をもっているかどうかは分からない。

  • 実験をするかどうかの壁

これが再三言っている「再現性」の有無に直結する。

  • 学会発表と論文

 学会発表をするには学会費を払うだけでOK。特に難しい審査があるわけではない。
 論文であれば、掲載されるまでに厳しい審査*1をうけることで質が保たれている。その中でも捏造が起こってしまったのが、昨年報じられている論文捏造の事件であるが、これはまた別の話*2
 要は、学会発表ってのはわりと適当な場合もあると。

  • 細胞での実験


 ある物質を投与したら、細胞がこんな反応を示しました、みたいなもの。
 その濃度が人体と同じ程度になるのかということや、人体で作用させたい部位に本当に届くのかどうか、といったことは厳密に証明できるわけではない。
 一時期騒がれた「環境ホルモン」も、当時から細胞に大量に薬品をかけた結果生じたものではなかったかという指摘があった*3。結局、その後ヒトでの影響が検証された結果、今ではその存在はほぼ否定されている


 SFファンならアルジャーノンやウフコックでお馴染みだろう。
 細胞相手にやる実験よりは、薬の効き目を確かめるのに適している。でも、その結果をヒトにそのまま応用することはできない。
 例えば、イギリスでの事件。

2006年3月にロンドン近郊の病院において実施された完全ヒト化抗CD28モノクローナル抗体の第一相試験において、投薬を受けた8名中、偽薬投与の2名を除く6名全員が、投与直後から全身の痛みや強い吐き気、呼吸困難を訴え、ICUに搬送されるという重大な事件が起きました。
http://www.pharm.or.jp/hotnews/archives/2006/10/post_170.html

 つまり、動物実験では問題なかった薬がヒトに対して多大なる害をおよぼすこともありうる。

動物実験というのは閉じこもって行うため出版されないデータや、疾患モデルとして人間の疾病を反映していないものも多く、不適切なものが少なくない。
動物実験にだまされるな:日経メディカル

 だからといって、動物実験に意味がないということにはならない。それには2つ理由がある。

  • 経済的理由

 人間を一人雇うのと、マウスを1匹飼うことのどちらがお金がかかるかということである。

  • ヒトで試すことの倫理性

 過去において、ナチスや石井部隊が行っていたような人体実験は厳につつしまれるべきことであるのは言うまでもない。だから、ヒトで試すのではなく、細胞や動物で調べようという方向になるのである*4
 ついで、ヒトではできなくて細胞や動物で可能なことに、機序を調べることがある。例えば、ある物質が血糖値を下げるとして、どのような機序を持っているか確かめる場合。いきなり健康な人にその物質を飲んでもらって、血糖コントロールに関わっているすい臓*5の細胞を注射器でとってきて確かめる、なんてことはやらない。あくまでラットに投与して、その後解剖してすい臓を取り出し、そこで多くなっているたんぱく質やmRNAを調べるといった方法をとる。
 以上が細胞・動物実験の利点。
 しかし、どうしても乗り越えられない欠点もある。
 例えば、人体に害があるかどうかの評価をする場合。
 放射線によって人体が被害を受けるということは広く共有されている事実である。だから、どの程度の線量を当てればどういう健康被害が出るかをヒトに対して実験することは許されない。しかし、どこまでなら当たっても大丈夫なのかが分からなければ、X線写真を撮ることもできない。
 なので、放射線障害を評価するに当たっては、広島や長崎やチェルノブイリなどで集められたデータが使用されている。
 例えば、日本のがんの3.1%はX線写真やCTによって起こっているのではないかという論文。
http://www.sciencedirect.com/science?_ob=ArticleURL&_udi=B6T1B-4CJV8RB-1C&_user=10&_coverDate=06%2F05%2F2004&_rdoc=1&_fmt=&_orig=search&_sort=d&view=c&_acct=C000050221&_version=1&_urlVersion=0&_userid=10&md5=a5d27696cdadf3f419ef5ed09e3304e3
 各国で一人が放射線検査で年間にあびる線量を調べ、線量とそれによる発癌の関係は過去のデータを用いることで、各国の放射線検査によるがんリスクを推定するという方法をとっている。
 次は、ヒトでの研究方法にどのようなものがあるのかを書く。ちょっと立て込んでるので、おそらく来週になる。

*1:「査読」という

*2:この構造的問題に興味があるなら『冬至草 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)』に収録されている「アブサルティに関する評伝」は読んでみる価値があると思う。

*3:「買ってはいけない」は嘘である

*4:これにも根深い問題があって、ヒトと動物の間の境界線をより動物寄りに持っているanimal rightsを唱える人たちの抗議に常にさらされている。

*5:血糖を下げるインスリンというホルモンを出す臓器