SF三大奇書

  • 前置き

ところで、ミステリ以外のジャンルにも三大奇書ってあるんでしょうか?
SFとかどうなのかな? かな?
http://d.hatena.ne.jp/kazutokotohito/20060914#p2

 辞書で引いても出てこない*1
 ならば、言ったもの勝ちということで書いてみます。

  • 流れ

 id:kazutokotohitoさんの定義に従って三大奇書を決めるには、ジャンル定義を中核にもった「古今に卓絶した小説」を出さないといけません。
 まずは前提となるジャンルについて考えてみた上で、作品を挙げます。

  • ジャンルについて

 そもそも私は、ジャンル意識を持ってはいても、それを大上段にふりかざして「〜でない」と言ってしまうことは愚の骨頂であるという立場です。
 厳密な定義をすればするほどこぼれ落ちるものが多くなり、そのジャンルに含まれる作品は減ってしまう。そこでスタージョンの法則に従うなら、そのジャンルに含まれる優れた作品の数もまた減ってしまうということになる。というのがその理由です。
 つまり、量の低下から質の低下を招きかねないなら、わざわざ除外する必要はないんじゃないかということです。
 あえて例を挙げてみるなら、梅原克文サイファイなんかはその典型的な例ではないでしょうか。

  • 定義について

 じゃあどうしましょう。
 定量的にものごとを扱うのでもなければ、あるジャンルを示す語が使われる状況すべてを「正しい」ととらえてしまえばいいのではないでしょうか。そうすれば判断の相異ということも含めてしまえます。その上で、もし違和感を感じたのなら、何故そうなってしまったのかという前提を探ってみることが有用ではないのかなと*2
 そもそも、全てのサンプルを集めた上で理論を構築することは不可能です。今よりもはるかに本が少なかった100年前に、文学書と呼ばれるものを全て読むことで「文学」を知ろうとした結果、ロンドンで神経衰弱になってしまった作家の例を考えてみるまでもありません。
 そして、限られたサンプルから全体を推測するのですから、各人の考える全体像が全くずれない方がおかしいでしょう。そこで言い争うよりは、面白い作品を享受した方が有意義です。

    • 補足

 定量的と書いたのは、野村総研による「マニア消費者の市場規模」といった経済の話を想定してます。計測可能な定義でないと計算はできないのだから、コミュニケーションを全て包含することはできません。その意図や定義については、読む・消費することとは別に論じればいいだろうと思います。

  • SFについて

 以上のような前提で考えるなら、ある人が「SFである」と定義したものは全てSFであり*3、ではどうしてそうなの? SFとしてどの程度面白いの? と問いかけていくことになります。
 長々とエクスキューズを述べてきましたが、ここで私なりのSF観を定義してみます。

現実との関わりを常に意識するほら話

どれだけ突飛な発想であっても構わなくて、むしろその奇想の大きさ*4こそが魅力的なジャンル。ただし、それには「現実」*5において実現可能であるという条件がつく訳です。

  • 作品名について

 可能性を追求しつづける作家といえば、当代随一のSF作家であるグレッグ・イーガンを挙げる必要があるでしょう。特に邦訳されている最新長編の『ディアスポラ』は、その発想を補助する考証パートが極めて難解であり読者を置き去りにしかねない*6、という意味で『黒死館殺人事件』(あらすじしか知らない)に近いのかも。

    • 越境

 ヒトが現実と関わる手段として、今のところ最も有効な手段は科学でしょう。だからこそ、逆説的ですがSFのSはscienceのSなのです。もちろん科学で語るだけではこぼれてしまう所もあります。そこを神学で補完したのが晩年のディックの作品で、そのうちの一つ『ヴァリス』を挙げてみます*7。狂気というモチーフも『ドグラ・マグラ』と共通しています。

    • 否定

 これは難しいですね。
 一つ補助線になりそうな話をしてみます。先日ミステリファンの人から、特に新本格以降の本格ミステリは、これは本格だよね、とジャンル自体に対する問いかけを含んでいるという話を聞きました。
 そういう自己言及的な性格をそもそもSFは持っていないんじゃないかと思います。果たして、可能性を追求することそのものを否定できるロジックって何なのか。あらゆる自由が規制された『1984年』でも考える自由は保障されていたし、ミステリにおける殺人のような原罪意識ってSFにあるのかな……
 思いつかないので、パス。

  • 結論

ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)

ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)

ヴァリス (創元推理文庫)

ヴァリス (創元推理文庫)

 三大といいつつ二つしか挙げられませんでした。ごめんなさい。
 SFとして、というよりも小説として私が好きなものをむりやり一つ入れておきます。
虚航船団 (新潮文庫)

虚航船団 (新潮文庫)

 あとはこのエントリを読んで、こいつはこの作品もしらないのか、と憤ってくれた人がいれば、「他に比較するもののないほどにすぐれた小説」と思う例を出してくれるといいんじゃないでしょうか。「ライトノベル」の方はそういう流れになってますしね。
 しかし、これだとオールタイムベスト投票との差異をどこでつけるかが難しくなってくるなぁ……

  • 蛇足

 そもそものミステリ三大奇書という言葉ってどこで作られたのでしょう。

  • 追記

 関連エントリを最初のところからざっとめぐってみたら、同じような流れで結局は人気投票に落ち着いた、ということみたいです。上では線引きには意味が無いと書きましたが、むしろどうやれば、多数決や有意水準5%のような形で明確な線を引くことができるのか、という手法の問題なのかもしれません。

*1:「SF奇書天外」はエッセイですから、ちょっと違います。

*2:境界知メソッド

*3:だから星雲賞を受賞したCCはSFなんです!

*4:それをセンス・オブ・ワンダーともいう。

*5:鍵括弧で逃げます。

*6:私は置き去りにされた。

*7:電波