ある人殺しの物語 香水 (文春文庫)

ある人殺しの物語 香水 (文春文庫)

そうとも、これこそ自分の国だった。二つとないグルヌイユ王国だった!

  • 背景 

 『ラン・ローラ・ラン [DVD]』でファンになったトム・テイクヴァがメガホンをとった映画が公開中というのもあるが、それ以上に、とある辛口な先輩が大絶賛していたので読んでみた。映画の方は公式サイトを見るに地雷臭がプンプンするんだが、気のせいだろうか。

  • あらすじ 

 フランス革命直前のパリ。生まれながらにしてずばぬけた嗅覚を持つグルヌイユは究極の匂いを手に入れようとする。

  • 読み

 洞窟に引きこもり、脳内にある匂いを再構築することだけで七年間を過ごす主人公にヘンリー・ダーガー的なモダンを見た。
 もとい、嗅覚に特化して小説を書くとこうなるのかと感心することしきり。生活に密着したカビやら玉ねぎやらチーズやらの臭いはよく分かるし、よく分からない海狸香や竜涎香にしても、字面的には面白い。匂いの比喩に形容詞ではなく名詞に頼ることが多いからなんだろう。
 本作の根幹をなすのは、香水をどう作るか、つまり如何にして匂いを抽出するのかという方法論だと思う。主人公が「ある人殺し」になってしまうのも、人間から臭いを抽出する方法を手に入れてしまったからだった。これはヴァーチャル・リアリティ(VR)とつながる考えだろう。
 計測→再現というのがVRの基本。計測のステップを主人公は自分の鼻だけでやっていた。今なら、ガスクロマトグラフィーなども加えて成分を分析するのだろうか。
 続いて再現する。ここには、成分の抽出や混合なんかが入るだろう。少なくとも、主人公は自分の臭いを自分で作ることはできたが、処女の匂いを用いてしか究極の匂いを作ることはできなかった。
 こうして、何が問題だったって、究極の匂いを新たに合成することができなかった主人公の技術力のなさではないのかという無茶な結論に落ち着くのだった。